26掛川−31新居
【概 要】
掛川から新居の間は市街化が進み、古い町並みはあまり残っていませんが、所々には松並木や当時の面影が
多少残っているので、それらを探して歩くのも楽しいかもしれません。途中にある掛川城の御殿や新居の関
は当時の雰囲気そのままです。又、明治の建物の旧見附学校は東海道からすぐの所にあり、いずれも内部も公開
しているので、寄っておきたい場所の一つです。
【26 掛川宿】(H18.11.14)
掛川は山之内一豊が整備した城下町です。そのシンボルである掛川城
天明年間(1469〜1487)に築かれ、嘉永7年
(1854)の大震災でほとんどが倒壊してしまいました。その中で二の丸御殿は江戸時代後期の
建物が現存し、国の重要文化財に指定されています。そして、平成6年に天守閣が再建されています。
全国初の本格的な木造建築の天守閣です。個人的には再建された天守閣より二の丸御殿の方が、昔の息吹
をそのまま感じることができるので、気に入りました。
街道は城下町特有の七曲がりがあり、道も増えているので標識等がなければ分かり難くなっています。
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掛川城(天守閣)
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掛川城(石垣)
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掛川城(二の丸御殿)
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【28 見附】(H18.11.14)
見附は奈良時代には遠江の国府が置かれ、古くから栄えていた町で、京都から江戸へ下ると、ここへきて、初めて
富士が見えることから見附と名がついたと言われています。
見附の町も市街化が進み当時の面影はあまり残っていませんが、標識が整備されているので、街道は解りやすくな
っています。
街道を歩いていると途中に明治8年に建てられた現存する最古の洋風木造建築の「旧見附学校」
があります。現在は郷土資料館として受付で記帳すれば無料で見ることができます。
見附
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旧見附学校
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旧見附学校(教室)
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旧見附学校(塔屋内部)
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【31 新居】(H18.11.14)
浜名湖を過ぎると、 唯一、建物が現存する関所跡の新居関所跡安政2年(1855)
があります。小学校、役場と使用され現在は新居関所史料館となっています。
浜名湖はかって閉じた淡水湖でしたが、室町時代の大地震で陸が割れ外海とつながり海上一里を
船で渡るようになりました。明治以降の埋め立てで、その当時の面影はほとんどなくなってしまい
ましたが、3カ所あった階段状の桟橋(雁木:がんげ)の内大名が使用していた北雁木だけが残っています。
又、新居関所跡にも一部が復元されています。
新居関所跡を過ぎると新居宿で一番大きな旅籠であった新居宿旅籠紀伊国屋
があります。この旅籠は明治7年の大火により一度消失しましたが、その後再建され、昭和30年まで実際に
営業していました。
新居関所跡も旅籠紀伊国屋にもボランティアで施設を説明してくれる方がいるので、より楽しめます。
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新居関所跡(全体) |
新居関所跡(屋敷) |
新居関所跡(国道1号より) |
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旅籠紀伊国屋 1 |
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旅籠紀伊国屋 2 |